体調はなんとなくではなく、数値化することの意味とは?

「今日は何となく調子がいい」

 

「今日はだるい・・・」

 

みなさん、何となくで自分の体調を測っているのではないかと思います。かく言う私もその一人でした。

 

「今までこの身体と何十年連れ添ってきた間柄なので、それくらいのことは分かります」とおっしゃられるでしょう。

 

ですが考えてもみてください。その何十年と連れ添ってきた自分の身体の異変に気付かず、大病を患う方がおられるのも事実です。

 

それはどういうことか?

 

実際は分かっていないのです。

 

分かっていないのに分かっているという、矛盾の回答。

 

これはマインドにも通ずる事ですが、自分のことは実は自分が一番よくわかっていないのです。

 

自分の事なのに、自分の一部分であるから知る必要はないといったところでしょうか。

 

その逆です。

 

自分の事だから、他人よりも関心を持って付き合うべきなのです。

 

私が会社員であった時代、毎日ハードワークをこなしていました。ですがある休日出勤の時、なんか体がだるい気がしました。単なる風邪だろうと思っていましたが、妻に言われて病院へ行く事にしました。微熱はありましたが、風邪ではなさそうでした。血液検査をしてみるというのでやってみると、なんと、コレステロール値が異常な値を示していました。病院の先生曰く「あなたはいつ死んでもおかしくない値を示しています。私も長年医者をしていますが、歴代二位の記録です」と言われました。

 

それからは薬と運動、食事を見直して今では正常な値に戻っています。

 

人間の身体は無理がききます。そこがまた厄介なところなのですが、毎日生きている私たちを生かしてくれている健気なこの身体のことを、もっと関心を持って付き合っていくべきではないかと思うのです。自分が思っている以上に身体は繊細です。せっかく自分の身体として不平不満を言わずに毎日休まず働いてくれているのに、そんな身体に関心を持たないというのはあまりにも寂しすぎます。

 

もちろん、私生活において身体の細かな部分まで検査できるようなものは普通の家庭にはありません。

 

ですが、体温計くらいはあると思います。

 

今健康であれば、その健康な時に体温を計測し、普段の平均体温を知っておくだけでも損はないと思います。

 

そこから何か変動があれば、「どうも身体の調子がおかしいかもしれない」と推察することができます。

 

私たちの身体は、無理がきくと同時に、何かおかしいときは身体を通して警告サインを促すことがあります。(まれにサインを全く出さない沈黙の臓器も存在します)が、それに頼るのではなく、自分自らが取れる様々なデータを通して、身体の調子を把握してあげることが、身体への負担を軽減させる、私たちが身体にできる配慮(もしくは気遣いといってもいいのかもしれませんが)だと思います。これが自己責任です。

 

自分の身体さえも管理できなければ、お金を稼ぐなど夢のまた夢。私はそのように考えます。

 

今、私は携帯のアプリを使って、体温から体重、食事など、あらゆるデータを毎日取っています。またグラフ化できるので、身体の変化を身近に感じることができます。特に分かりやすいのは、仕事の日と休日の差です。これは非常にデータに反映されやすいですね。

 

そして、ブログの題名にもあります「数値化」。

 

数値は嘘はつきません。いつも正直です。だから信用できます。

 

なんとなくではなく数値として表すことによって、具体的にこれくらいの変動幅なら大丈夫だという目安が出来てきます。

 

数値は目に見えます。なんとなくは目には見えません。数値化するということは実感が伴いますし、”これからこうしていこう”という具体的な目標が立てられます。目標がたてば、今の自分がやるべきことが見えてきます。

 

人間は見た目はほとんど同じような身体を持っているようでも、特性は微妙に違うと思いますし、そもそも考え方が違います。

 

自分にあった方法を見つけ出して、無理なく目標を達成できるよう、この機会に自分の身体のことも少し見てあげてはいかがでしょうか?

 

最後までお読みくださりありがとうございました。